iPhoneは何を破壊したのか - ZDNet Japan






iPhoneは何を破壊したのか

japan.zdnet.com | Nov 30th -0001







Disrupt

動詞(他動詞)

1 …を混乱させる;〈国家政府などを〉崩壊させる;〈交通網などを〉途絶させる

The news disrupted the meeting.|その知らせに会場は騒然となった.

2 (一般に)〈物を〉分離する, 引き裂く, 破裂させる.

━━形容詞混乱した;中断した;分裂[崩壊]した.

[出典:プログレッシブ英和事典]

クリステンセン教授も見誤った「iPhone」の潜在力

 クレイトン・クリステンセン氏と言えば、テクノロジー分野の経営に関する古典作品となった『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』をはじめ、多くの著書を持つハーバード・ビジネス・スクールの名物教授だ。ZDNet Japanの読者も、クリステンセン教授の著書を愛読している方が少なくないだろう。



イノベーションのジレンマ」で著名なクレイトン・クリステンセン氏

 そのクリステンセン教授、5月の前半には最新刊『How Will You Measure Your Life?」のプロモーションでさまざまな媒体に積極的に顔を出していた。Businessweek誌の長い特集記事(註1)によると、今年還暦を迎えた教授は、生死の瀬戸際をさまよい一時は言葉も出なくなるような大病を患ったことや、学生時代の同級生のなかでも優秀だった連中が監獄送りになったという例(註2)を目にしたことで、人生の意味を見つめ直し、「人の道を踏み外さないようにするにはどうしたらいいか」を同書にまとめたという。

 さて、このBusinessweekの記事の冒頭には「イノベーションのジレンマ」について次のような紹介がある。

今世紀の初頭に「イノベーションのジレンマ」は想定外のベストセラーとなり、シリコンバレーで活動する起業家にとっての聖典というべき存在になった…(略)…インテル元CEOのアンディ・グローブは同書に誓いを立て、スティーブ・ジョブズもこの本を賞賛した。ただし、ジョブズ公認伝記作者のウォルター・アイザクソンは、クリステンセンがアップルは自社独自のソフトウェアを使い続けるかぎり、iPodは「ニッチな製品」にとどまる可能性が高いと予見したと指摘している(註3)。

 クリステンセンの予測が外れたことについて、以前にも紹介したジョン・グルーバー氏が先ごろ面白い考えを述べていた。iPhone登場5周年のタイミングでブログに公開したエントリーで、やはりクリステンセン教授の新刊発売に絡めてThe New Yorker誌が掲載した記事(註4)に言及して、次の箇所を引用している。2007年6月末にクリステンセン教授が、「iPhoneは本当に破壊力のある(disruptive)技術とはいえず、大成功する余地は限定的」と言った(註5)という話を踏まえたものである。

イノベーションのジレンマ」を高く評価しながら、それでもクリステンセンの知恵を借りなかったCEOがいる。それはスティーブ・ジョブズで、結果的にはそれが幸いした。なぜなら「iPhoneは成功しない」という予想は、クリステンセンの予想のなかで最も恥ずかしいものだからだ。ローエンドからの破壊的イノベーションを重視するクリステンセンの目には、iPhoneはシャレた携帯電話にしか見えなかった。iPhoneがラップトップの存在をも危うくする破壊的イノベーションであることに、クリステンセンが気づいたのは後になってのことだった。(註6)

 The New Yorkerの記事からの引用箇所について、グルーバーは「この5年間にコンピュータ業界と携帯電話業界で起こったすべてのことは、これで説明がつく」と述べ、「iPhoneは登場から現在までずっと『携帯電話』ではなかった。それは携帯電話という存在を不要にするポケットサイズのコンピュータである。iPhoneと携帯電話との間には、Macとタイプライターくらい大きな違いがある」と記している(註7)。(次ページ「」)


註2:優秀な人々が監獄送りになった

代表例として、ハーバード・ビジネス・スクール時代の同級生で、エンロンのCEOを務めたジェフリー・スカイリングの話が紹介されている。クリステンセンの目には「聡明で、ハードワーカーで、家族思い」と映っていたスカイリングは、エンロン・スキャンダルで24年の実刑となり、コロラドの監獄に服役しているばかりか、今年冬には末っ子の通称「JT」が失恋後に処方薬の過剰摂取で亡くなるという辛い目にも遭ったという。

また、政治の道を歩んだ別の同級生は、選挙運動中に未成年のボランティアと性交渉したことが発覚し、これも結局投獄されたという。

Clay Christensen's Life Lessons - Businessweek


註3:iPodはニッチな製品に留まるというクリステンセン教授の予測

At the turn of the century, The Innovator's Dilemma became a surprise best-seller and a holy book for entrepreneurs in Silicon Valley, where Christensen's theory arrived ready-made to explain what Internet companies were going to do to established businesses. Andy Grove swore by it. Steve Jobs admired it, although Jobs's biographer, Walter Isaacson, points out that Christensen predicted that if Apple (AAPL) kept on using only its own software, the iPod would likely remain a "niche product."

Clay Christensen's Life Lessons - Businessweek




註5:iPhoneが大成功する余地は限定的という予測

The iPhone is a sustaining technology relative to Nokia. In other words, Apple is leaping ahead on the sustaining curve [by building a better phone]. But the prediction of the theory would be that Apple won't succeed with the iPhone. They've launched an innovation that the existing players in the industry are heavily motivated to beat: It's not [truly] disruptive. History speaks pretty loudly on that, that the probability of success is going to be limited.

Clayton Christensen's Innovator's Dilemma says iPhone will fail


註6:iPhoneが破壊的イノベーションに気づいたのは後になってのこと

One CEO who never asked for his help, despite his admiration for The Innovator's Dilemma, was Steve Jobs, which was fortunate, because Christiansen's most embarrassing prediction was that the iPhone would not succeed. Being a low-end guy, Christiansen saw it as a fancy cell phone; it was only later that he realized that it was also disruptive to laptops.

The iPhone and Disruption: Five Years In - Darling Fireball


註7:iPhoneと携帯電話の違い

This explains everything that has happened to both the computer and phone industries over the past five years. The iPhone is not and never was a phone.1 It is a pocket-sized computer that obviates the phone. The iPhone is to cell phones what the Mac was to typewriters.



 いかにもアップルシンパのグルーバー氏らしい表現と思えるが、ただし彼は、クリステンセン教授を含む多くの人間がiPhoneの本当の脅威を見抜けなかったことについて、とやかく言おうとしているわけではない。その証拠に次のような一節もみられる。



iPodの成功に(私自身も含め)ほとんどの人がだまされた。アップルの携帯電話市場への参入を、iPodの時と同じようなものと見なしてしまった。iPodは世界でもっとも優れた携帯音楽プレーヤーだった。それを踏まえると、iPhoneは世界でもっとも優れた携帯電話になる可能性が高い、と。 しかし、実際はそうではなかった。iPhoneは世界で最も優れたポータブルコンピュータだった。処理能力でも機能でも劣る部分はあったけれど、いつもユーザーの身近にあり、ボタンひと押しでいつでも使えるという点で、もっとも優れたものだった。(註8)

 続けてグルーバー氏は、「この5年間でアップルがやったこと——それは、単に携帯電話機業界に破壊的イノベーションを持ち込んだ(disrupt)だけではない。本当は、パソコン業界に破壊的イノベーションを持ち込んだことによって、携帯電話機業界を破壊したのだ」と記している(註9)。

 この指摘と合致する内容を示した2つのチャートをほぼ同じタイミングで公開したのは、過去にも何度か紹介したAsymcoのホレス・デディウ氏だ。デディウ氏がクリステンセン教授の教え子であることを思うと、偶然の一致にしても不思議な因縁を感じざるを得ない。



 それぞれのチャートが含まれるエントリーの翻訳は、WirelessWire Newsに掲載している。さらに詳しく知りたい方は、そちらを是非ご覧になっていただきたい。

 こうした指摘について、「後から見れば大抵の人がわかること」「起こってしまってから言っても仕方ないんじゃないか」という感想を持つ方もいるだろう。私もそう思う。ただし、それでも今後の打ち手を考えるとき、参考になる示唆が含まれていることは否定できないとも同時に思う。

 たとえば、スマートフォン分野では、アップルとサムスンの最大手二社が(営業)利益をほぼ独占する傾向が強まっている(先週末に発表されたHTCの直近の四半期決算は、そうした傾向を裏付ける証拠の一つだろう)。では、それ二社以外のメーカーには「どんな対抗の(生き残るための)材料、できることならゲームのルールをひっくり返して自社が有利に勝てるような材料があるだろうか」、もし材料が見あたらないとすれば「しばらく赤字を覚悟してまで事業を続けることを正当化する理由はなんだろうか」(たとえばグーグルが買収したモトローラのように)などといった疑問は、当事者なら当然浮かんでくるものだ。(次ページ「」)

註8:iPhoneは世界で最も優れたポータブルコンピュータだった

The iPod's success fooled almost everyone (including me) into thinking that Apple's entry into the phone market would be similar. The iPod was the world's best portable media player; the "iPhone", thus, would likely be the world's best cell phone.

But that's not what it was. It was the world's best portable computer. Best not in the sense of being the most powerful, or the fastest, or the most-efficient to use. The thing couldn't even do copy-and-paste. It was the best because it was always there, always on, always just a button-push away.

The iPhone and Disruption: Five Years In - Darling Fireball


註9:この5年間でアップルがやったこと

What's happened over the last five years shows not that Apple disrupted the phone handset industry, but rather that Apple destroyed the handset industry — by disrupting the computer industry.



 グルーバーはこのエッセイの締めの部分で、「アマゾン、グーグル、そして今ではマイクロソフトさえもが、タッチスクリーンで操作する独自の携帯型タブレットを設計し、販売しようとしている。それもこれもすべてはiPhoneが登場したせいである」と書いている(註10)。

 また、このエッセイ公開の数日後に公開されたBusinessweek誌の記事——この日に浮上した「アマゾンのスマートフォン投入」の可能性に触れた記事は、もっと明け透けな言い方で次のように書いている。

ここで我々が話をしている企業各社——アップル、グーグル、マイクロソフト、アマゾン、それにフェイスブックにとって、この戦いの掛け金はとても高いところまでつりあがっている——あっちこっちの分野でハードウェア(単品)を開発・投入すればいい、という状況ではない。単に携帯電話機や電子書籍端末を作ったり、あるいはクラウドベースのストレージサービスを提供すれば、それで十分という話ではない。どの企業もいずれは、テレビ分野の戦略、ゲーム分野の戦略、小売分野の戦略、ブランディングの戦略、それに知的財産のポートフォリオやコンシューマー向けのアレコレ、そしてメディアやデータ関連のウェブサービスなどが、巨大なスケールで必要となってくる。そうしたものが用意できないのであれば、このゲームには参加しないほうが得策だろう。(註11)

 これは、つまりiPhone登場で比較的静かに始まった地殻変動が、今やごく少数の強者にしか勝ち目のない大戦に至っている、と言う認識に基づく見解だろう。

 「アマゾンのスマートフォン投入により、テクノロジー業界では非常に高くつく大戦が勃発する」というタイトルからは、そんな認識が伝わってくる。


註10:iPhoneの登場が生み出したもの

Amazon, Google, and now even Microsoft are designing and selling their own integrated touchscreen portable tablets. "App" is now a household word.

All of this, because of the iPhone.

The iPhone and Disruption: Five Years In - Darling Fireball


註11:このゲームには参加しないほうが得策だろう

For the companies we're talking about, though, the stakes are much higher than putting out a device here and there. It's not enough to make a phone or an e-reader, or to offer cloud storage. They will ultimately need a TV strategy, a gaming strategy, a retail strategy, a branding strategy, an IP portfolio, consumer chops, and media and data Web services on a massive scale. Otherwise, they might as well not bother to play.

The Amazon Smartphone Launches Tech's Costliest War

タイトルの「Costly」(「コストがかかる」)という形容詞が、最上級になっている点にどうしても目がいってしまう。

なお、この記事を書いたのはアシュリー・バンス氏とブラッド・ストーン氏。バンス氏は、マイクロソフトが「Surface」を発表したとき、プレゼンテーションしていたスティーブ・シノフスキー氏の手の震えに気づいて指摘した人物。ストーン氏は、スティーブ・ジョブズの追悼特集などBusinessweek誌でもテクノロジー分野の大きなネタを扱うことが多い。









Original Page: http://japan.zdnet.com/cio/sp_12mikunitaiyoh/35019196/

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